日産自動車によるキャプティブ保険の活用事例

日産自動車は、1990年代初めからキャプティブ保険を活用しています。今回は、日産自動車のキャプティブ保険活用について解説します。

 

こんにちは、ハワイ州キャプティブ保険マネジャーの三澤です。

ゴーン元会長の海外逃亡などのニュースで最近話題の日産自動車ですが、実は1990年代初めからキャプティブ保険を導入している日本企業です。

長期財務戦略であるキャプティブ保険を、日産がどの様に活用してきたのか。

少し古い事例ですが、先進企業のリスク管理の取組みがよくわかる好事例ですので、解説していこうと思います。

こんな内容のお話をしていきます。

 

  1. 設立当初の活用

  2. グローバル管理体制の推進

  3. 積極的な自家保有へのシフト

  4. キャプティブ活用によるリスク管理プログラムの最適化

 

設立当初の活用

 

日産では、米国子会社が1990年代初めに先ずキャプティブ保険プログラムを導入しました。

主な設立の目的は、一般ユーザー向けに販売される延長保証の収益化と、自社の製造物賠償責任(PL)リスクのコスト削減でした。

これは、どちらも一般的なキャプティブ保険プログラムで、新設のキャプティブ保険会社でよく引受けられるタイプのものです。

一般的なキャプティブは、この様に保険種目を限って限定的にスタートします。

先ず延長保証のプログラムですが、メーカー保証と違ってユーザーが任意で購入するサービスですので、企業にとっては収益機会ととらえることができます。

キャプティブで保険化することで、積極的に保険収益と投資収益を得ることが可能になります。

自動車メーカーにとってのPLリスクと言えば、自動車の欠陥が原因でユーザーが怪我をしたり亡くなったりして賠償を請求されるリスクのことで、自動車メーカーにとっては重要な保険種目です。

こういった保険は、そもそも保険料が高額であったり、保険料が急に高騰したりすることがあるので、キャプティブ保険プログラムによるコスト削減や費用安定化のメリットが出やすい種目と言えます。

延長保証とPLの両方に言えることですが、キャプティブ保険会社が損害のデータを蓄積することによる副次的な効果もあります。

日産のキャプティブでも、自ら事故処理を行うことで得られたノウハウを、損害防止、データ管理、業務の効率化などにフィードバックすることで、リスクのコスト自体の低減を目指していたようです。

この時点でのキャプティブ保険の活用は、限定的な種目を、限定的な地域で引受ける比較的シンプルなものでした。

日産のキャプティブ活用は、環境の変化に伴い進化してきます。

 

グローバル管理体制の推進

 

日産は、1999年にルノーと提携し、ゴーン社長のもと大きく経営のスタイルを変えていきます。

その結果、グローバル管理の強化、連結ベースでの経営最適化、規模の経済性などが強調されるようになりました。

リスク管理の分野でも、グローバルプログラムの構築や、損害防止活動の推進によるリスクコストの削減などが推進されました。

日産のように多くの子会社を国内外に抱えている企業の場合、保険の購入やリスク管理体制が分散してしまうことがあります。

数百社ある子会社が別々に保険契約をしている場合、補償内容に穴があったり、重複していたりと、多くの弊害を抱えていることがあります。

また、子会社の目線で保険を購入した場合と、連結グループ全体の目線で保険を購入した場合では、免責の設定基準が大きく変わります。

例えば、年商10億の連結子会社にとっては、限度額1億円、免責額100万円の保険の購入は妥当な判断と言えますが、連結グループ全体からすれば重大なリスクではないので購入は不要と判断するかもしれません。

グローバルプログラムを導入してリスク管理を一元化することで、こういった無駄を排除し、連結グループの規模で保険の購入することによる規模の経済も享受することができます。

 

積極的な自家保有へのシフト

 

その後、日産は持続性のある利益と成長を目指し、財務体質を大きく改善していきます。

リスク管理業務でも、グループで保有可能なリスクを自家保有するという新たな試みが行われました。

企業には、保険を買って移転するべきリスクと、保険を買わずに保有すべきリスクがあります。

リスクを移転する(保険を買う)か保有するかの判断は、リスクの性質と量を分析し、財務的な体力や、キャッシュフローなどを考慮して総合的に行います。

財務体質を改善した日産が、リスクの保有を増やして保険料を削減するというのは、自然な流れだと言えます。

日産は、リスクごとに保有できる限度額を検討し、それに応じて各保険プログラムに高額免責を導入していきました。

例えば、それまで一事故あたりの免責額が100万円であったものを、一気に1億円に引き上げることで、保険料を大幅に削減することができます。

しかし、連結ベースの最適解として高額免責を導入した結果、各子会社のニーズとのギャップなど新たな課題も表面化しました。

保険には、毎年保険料を支払うことで偶発的な損害による財務インパクトを標準化するメリットがあります。

子会社が連結ベースの高額免責のリスクを保有すると、保険料負担は減りますが、損害が発生した時の収支が大きく影響を受けてしまいます。

また各子会社は、保険化することによる事故処理の外部化や、精度の高い事故データの収集といった機能も失うことになります。

 

キャプティブ活用によるリスク管理プログラムの最適化

 

日産ではこれらの課題をまとめて解決する手法として、2005年に新たなキャプティブを設立しました。

一般的に、キャプティブプログラムでは、高額免責部分を保険化したうえで保有するといった運用が行われています。

例えば、子会社にとって妥当な免責額が100万円で、連結ベースで妥当な免責額が1億円だった場合、キャプティブは子会社に対して100万円から1億円までの損害に対応する保険証券を発行します。

こうすることで子会社は必要な補償を受けられ、連結ベースでもリスクの保有が可能になります。

また100万円から1億円までの損害をキャプティブが管理するため、事後データの蓄積と事故防止のためのフィードバックが可能になります。

さらに、新しいキャプティブが全世界のリスクを一手に引き受けるため、プログラムの効率化、リスクの集中管理などが円滑に行われる環境が整備されました。

 

まとめ

 

今回は、日産自動車のキャプティブ保険活用について解説してきました。

日産のキャプティブ活用は、グローバル管理体制、財務体質の改善、リスクの自家保有、といったその時その時の企業の状況に合わせてリスク管理体制を発展させており、キャプティブに重要な役割を担わせてきたことがわかると思います。

日産は1990年代からキャプティブを活用してきているので、日本企業としては先進的な企業であると言えます。

今回の事例は、2006年に経済産業省が発表したレポートの記載されているものなのでかなり古いのですが、リスク管理とキャプティブの導入についてはお手本と言える内容なのでご紹介しました。

事例が発表されてから14年経っているので、現在の活用状況は大きく変わっているかもしれません。

報告書では、その後の活用の可能性として保険化の難しいリスクへの対応や、再保険市場へのアクセスなどを挙げています。

想像するしかありませんが、そういった活用もすでに実現していることでしょう。

キャプティブ保険は、長期戦略です。

日産の事例のように、30年近く本業に貢献することのできるキャプティブ活用を目指していただきたいです。

参考: 経済産業省 リスクファイナンス研究会 報告書 ~リスクファイナンスの普及に向けて~


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