キャプティブ保険 キャプティブ保険の歴史は、イノベーションの歴史。その4 2000年から現在まで

こんにちは、ハワイ州キャプティブ保険マネジャーの三澤です。

 

前回の投稿では、1980年代後半から1990年代後半までのキャプティブの歴史を振り返りました。今回は2000年から現在までの歴史を振り返ってみようと思います。

 

この時代はキャプティブがリスク管理の手法として一般企業に認知され、中小企業も含め多くの欧米企業がキャプティブを設立してきました。1960年代に自家保険会社としてのキャプティブが誕生してから2000年までの40年間に、世界のキャプティブ数は約4000社まで増加しました。現在のキャプティブ数は約7000社と言われていますので、この20年の間に爆発的に増えていることがわかります。

 

アメリカ同時多発テロ事件とTRIA

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が発生しました。この事件を起因とする損害のほとんどは再保険会社が被り、将来のテロ事件に対する保険引受余力が減少しました。結果、多くの保険会社がテロのリスクを免責事項に加えるようになりました。建設業界や不動産業界への悪影響を懸念し、翌年アメリカ議会がテロリズム・リスク・保険法(TRIA)を制度化しました。TRIAは、アメリカ政府が1000億ドルの予算を裂き、アメリカ国内の保険会社に対しテロのリスクに対して再保険を提供する仕組みです。米国内のキャプティブは、営業権のある保険会社としてこの恩恵を受けました。

 

医療過失保険の引受余力低下と医療過失キャプティブの増加

2002年、医療過失保険の損害率が増加し、セント・ポール海上保険会社(現在のトラベラーズの前身)が医療過失保険マーケットから撤退しました。医療過失の引受余力の減少を受け、多くの医療過失キャプティブや相互会社が設立されました。現在では、医療過失保険の保険料の7割近くが、キャプティブと相互会社によって引受けられています。

 

ハリーケーン被害とキャプティブ増加

2004年から2006年にかけて、ハリケーン・カトリーナを含む5つの大規模なハリケーン被害が発生し、保険料が高騰しました。結果として、キャプティブ保険会社の設立がさらに加速しました。

 

XXXキャプティブの登場

米国の生命保険会社は、連邦政府による規制で多額の引当金を積むことが求められています。多くの生命保険会社は、この引当金要件を過剰な要件であると判断し、キャプティブによる再保険の引受で引当金の効率化を行っています。

 

双務契約グループ・キャプティブの登場

キャプティブ設立地のいくつかは、リスク・リテンション・グループ(グループキャプティブ)を総務契約として組織することを許容しています。総務契約によるキャプティブには法人格がないため、保険収益や納税が各契約者に振り分けられます。この仕組みは、事業主体が非課税である非営利団体にとって税務メリットとなるため、非営利医療法人などが多く利用しています。

 

キャプティブの企業年金制度への活用

2009年、コカ・コーラ社はヨーロッパ地域の社員の確定給付年金の運用に、アイルランドのキャプティブの活用を始めました。確定給付年金は、拠出額や投資運用率の変動に関係なく一定額の年金を支払う仕組みですが、その性質上保険化が可能なリスクであると言えます。コカ・コーラ社は、他にも従業員給付や退職後給付にキャプティブを広く活用しています。

 

特別目的保険会社の登場

2009年、バミューダは特別目的保険会社(SPI)のクラス3キャプティブとしての認可を開始しました。SPIはヘッジファンドなどが所有し、大規模災害リスクの証券化などに利用されます。

 

小規模キャプティブの増加

2000年代以降の大きなトレンドとして、米国での小規模キャプティブの増加があります。米国には、一定額以下の保険料を引受ける保険会社に対する税務メリットがあります。この仕組みを利用した小規模キャプティブの設立が多くありました。また小規模キャプティブに有利な条件を掲げる米国の州が、キャプティブ設立地として大きな成長をしました。小規模キャプティブの現在の保険料の上限額は、230万ドルです。

 

 

4回にわたりキャプティブの歴史を振り返ってみました。キャプティブの歴史は、企業のリスク管理に対する取り組み、そしてイノベーションの歴史であると言えます。欧米企業のキャプティブ導入の歴史を見ると、日本企業の導入の遅れを感じざるをえません。現在日本企業が所有するキャプティブは100社強と言われていますが、日本国の経済規模からして1,000~2,000社は設立されるべきだと思います。

 

アラカイは、欧米企業がキャプティブ活用で培ったノウハウを、日本企業に提供しております。

皆様のお役に立てるのを、楽しみにしております。

キャプティブ保険の歴史は、イノベーションの歴史。その1 1960年代まで

こんにちは、ハワイ州キャプティブ保険マネジャーの三澤です。

 

今日は、欧米企業のキャプティブ活用の歴史を、振り返ってみたいと思います。長くなるので4回に分けてお話ししようと思います。

 

自家保険の歴史は意外と古く、保険そのものの歴史とほぼ同列です。最も古いリスク移転の手段としての保険の記録は、紀元前2000年代頃のバビロニアまでさかのぼります。キャラバンが、資金を借りて出発して盗賊などの被害にあった場合、債権者が損害を負うという言う取り決めがあったそうで、これが保険の考え方の起源だと考えられています。これはまた別の機会にお話しします。

 

ヨーロッパでは1920年代から自社リスクの引受けを行う専門の会社組織は存在していましたが、当時はまだ法整備などはありませんでした。現在の様に保険会社として登録されたキャプティブが初めて登場したのは、1955年のアメリカ・オハイオ州です。保険ブローカーのフレデリック・レイスが、ヤングストン・アイアン・シート&チューブという鉄鋼会社の依頼で保険費用の削減に取り組みました。1955年当時、鉄鋼会社に保険を提供できる保険会社は数社しかなく、労働争議に直面していたヤングストンの保険料は上がる一方でした。レイスは、ヤングストンの保険のみを扱う新しい保険会社Steel Insurance Company of Americaをオハイオ州に設立し、リスクの一部を世界一の保険市場ロイズ・オブ・ロンドンから再保険を買うことで移転しました。これが自家保険会社としてのキャプティブの最初の事例です。フレデリック・レイスはこうしてキャプティブの父となりました。

 

キャプティブ保険会社が親会社にもたらすメリットは、すぐに明らかになりました。キャプティブ保険会社を持つ企業は、投資及び保険収益を得ることができ、再保険市場から直接保険を購入することができるようになります。

 

その後レイスは、1962年に規制の緩やかなバミューダに世界初のキャプティブマネジメント会社アメリカン・リスク・マネジメントを設立します。レイスは、キャプティブマネジメントの父でもあるわけです。これを機に多くのキャプティブ保険会社がバミューダやケイマン諸島など、オフショア地域に設立されるようになります。レイスは、バミューダでキャプティブに対して元受サービス、マネジメントサービス、ガバナンスサービス、再保険プールの提供、保険仲立(保険ブローカー)などのサービスを次々と提供していきました。1960年代末には、100社強のキャプティブが設立・運営されていました。

 

フレデリック・レイスはキャプティブ保険のイノベーションを讃えられ、国際保険協会による保険の殿堂入りをはたしています。

 

次回は、1970年代から1980年代前半までのキャプティブ発達の歴史を振り返ります。

キャプティブの本質は、「究極の責任感」

こんにちは、ハワイ州キャプティブ保険マネジャーの三澤です。

 

先日、ジャコ・ウィリンクとレイフ・バビン共著「Extreme Ownership」という本を読みました。著者は、米海軍の特殊部隊SEALの少佐としてイラク戦争を戦った元兵士で、除隊後に軍隊経験を基にEchelon Frontというリーダーシップコンサルティング会社を経営している二人です。アメリカではベストセラーになっていますが、まだ日本訳は出版されていないようです。ウィリンク氏がTEDxで「Extreme Ownership」について話しているビデオがYouTubeにあるので、英語のわかる方は見てみてください。

 

 

Extreme Ownership」とは、優秀なリーダーが持つ「究極の責任感」のことです。自分のリーダシップ力を強化するヒントになればと読んでみましたが、これはキャプティブにも通じる話だと感じました。

 

日本の企業文化には、責任の所在が分かりにくい側面があると思います。何かを決定する際に全員の意見が一致するまで延々と議論したり、一つの決済にいくつも捺印が必要だったり。誰に決断の責任があるのかわかりにくいことも多いと思います。和を大切にする日本文化の表れでもありますが、同時に決断の遅れなどの弊害があるのも確かです。

 

ちなみに責任の所在という視点で保険という仕組みを見てみると、非常に面白いです。保険とは、問題が起きた時に他の誰かに責任を取ってもらうためにお金を払う仕組みといえます。言いかえれば契約で責任転嫁をする仕組みです。もちろん保険は契約ですので、保険契約の約款をきちんと読めば責任の所在はハッキリします。しかし私がキャプティブの仕事をしていてよく見かけるのは、会社経営者が自社が抱えるリスクの性質や保険契約の内容をよく把握していないことが多いということです。

 

「保険を買っているから大丈夫」

「保険会社の担当者に任せておけば安心」

「何かあれば保険会社が何とかしてくれる」

 

背景にはこういった安易な考え方があるのかもしれません。

 

Extreme Ownership」の考え方では、これは責任放棄にあたり、大きなミスを招く重大な問題です。軍隊組織であれば死や敗北を意味し、会社組織であれば業績悪化や倒産に繋がることもあります。自社のリスクは、経営者が責任をもって管理する。組織の存続と成長のために必要なのは、そんな「究極の責任感」かもしれません。

 

その点、キャプティブをフル活用している企業は自社のリスクをよく理解し、保険会社とも対等な立場で付き合うことができます。自社で保有すべきリスクはキャプティブで保有し、保有できないリスクは保険を買うかもしくはキャプティブを通して再保険を手配します。キャプティブは、「究極の責任感」を持って自社リスクと付き合うための仕組みです。

 

「究極の責任感」で自社のリスクと向き合い、リスクと上手に付き合っていくことが、会社経営者には求められていると思います。